アンジェリーナ・ジョリー

世界から常に注目されるアンジェリーナ・ジョリー

世界的にも有名で慈善事業や女性のための活動を常に絶やすことない女優、彼女がもつ魅力は単に映画の世界だけのものではなく、自分の力を何に活かせるのかという事をよく理解し、常に人のために動く積極性を持っているという事でしょう。
乳がんのリスクがある、という事を知り、リスクを回避するための乳房切除を行った事等が大きく取り上げられ、癌についての考え方、また検査を受ける事の大切さを世界に知らしめている一人でもあります。
自分が起こす行動は世界に強烈なインパクトを与える、という事をよく理解して、自分がいいと信じた道をしっかり歩む強さを持っているアンジェリーナ・ジョリーは、女性が憧れないわけがないと思わせるほどの女性です。

モデルから1995年「サイバーネット」で映画初主演、これがニューヨーク・タイムズで絶賛され、その後、「17歳のカルテ」「60セカンズ」「トゥームレイダー」で一躍世界のスターダムにのし上がります。
夫であるブラッド・ピットと共演し、その後、パートナーとなるきっかけとなった「Mr.&Mrs.スミス」は記録的な興行となり、不動の人気の夫婦となっています。

女優願望と絶望的な青春時代

彼女はスターの階段を用意されていたわけではなく、常に絶望の繰り返しと感じる青春時代を過ごしています。
スロバキア、ドイツ系アメリカ人俳優のジョン・ヴォイドが父、フランス系カナダ人、イロコイ族の血を引く女優のミシュリーヌ・ベルトランを母に持ちます。
しかし、アンジェリーナ・ジョリーが生後間もない頃、両親が別居、アンジェリーナ・ジョリーは兄と共に母の元で成長します。
母は演技の夢を捨て子育てに専念、小さい頃に母とよく見に行った映画で演技に興味を持つことになり、その後、再婚した母と義理の父と共にニューヨーク州へ転居、11歳の頃、カリフォルニア州ロサンゼルスに戻る事になり、その際演劇学校に入学、いくつかの舞台作品に出演しています。

14歳で演劇学校をやめて葬祭ディレクターになる為、進学、高校卒業後、再度演劇の世界に復帰します。
当時、同棲していたり刺青を入れる等、「つまらない子供」だったと、後にアンジェリーナ・ジョリーが語っています。
10歳から20歳くらいまでの間、彼女は鬱状態になり自殺願望を持つ磁気すらあったといいます。
母の収入は少なく、裕福な家庭の多いビバリーヒルズ高等学校では孤立、痩せていること、眼鏡であること、歯科矯正を行っていることなどからからかいの対象となったこともあり、自傷行為をしたこともあると語っています。

慈善活動にも精力的に取り組む

彼女の慈善活動は常に注目され、その積極性が高く評価されています。
実はトゥーム・レイダーの撮影でカンボジアを訪れ、その際に人道問題に興味を持ちます。
その当時から彼女は慈善活動に着手、2001年には国連難民高等弁務官事務所の親善大使に任命され、何十か所もの現場に足を運ぶことがライフスタイルとなっていきます。

その一環として2002年にはカンボジア人の男児を、さらに2005年にはエチオピア人の女児を、2007年にベトナム人の男児を養子にとりました。
ブラッド・ピットとの間には実娘をもうけ、その後、2008年に双子を出産、現在実に6人の子供を持つママとなっています。

実娘のシャイロ、さらに双子のヴィヴィアンとノックスの写真掲載権利をアメリカのピープル誌と結び、その契約金を全て慈善事業に寄付しています。
これ以降、ジョリー・ピット基金により日本円で9800万円の寄付等多数の活動を続けているのです。